人工知能は人間を超えるか一部抜粋 (今後の具体的な社会変化の予測) / 松尾豊 / ★★★
短期的(5年以内):
急激な変化は起きない。会計や法律といった業務の中にビッグデータや人工知能が急速に入り込む。また、ビッグデータや人工知能はマーケティングにも活用されるだろう。データ分析、人工知能の知識は重要になる。広告や画像診断、防犯・監視といった分野では急速に人工知能の適用が進む。
中期的(5年〜15年):
生産管理やデザインといった部分で人間の仕事が変わる。ルーティンでない仕事、クリエイティブな仕事は人間の仕事となる。例えば、顧客の例外対応、提案書を書くなどであり、監視員、従業スタッフなどは人工知能でまかなえる。
長期的(15年以上):
例外対応まで含めて、人工知能がカバーできる領域が増えてくる。異なる領域を活用することが進み、顧客対応や提案書作成といったことも可能になる。この段階で、人間の仕事として重要なものは大きく二つ。1つは「非常に大局的でサンプル数の少ない、難しい判断を伴う仕事」。例えば、ある会社のある製品の開発を今の状況でどう進めていけば良いかは、何度も繰り返されることではないためデータが少なく判断が難しい。こうした判断はいわゆる「経験」、これまでの違う状況における判断を転移して実行したり歴史に学んだりするしかない。色々な情報を加味した上での「経営判断」は人間に最後まで残る重要な仕事。二つ目は「人間に接するインターフェースは人間のほうがいい」という理由で残る仕事。セラピスト、レストランの店員など。
効率が10倍アップする新・知的生産術 / 勝間和代 / ★★★
効率・成果を上げるビジネス本
・情報が通貨
衣食住などが足りた経済の中心は、徐々にサービス化・情報化の産業に全体が移行するようになった。情報を上手に扱える人や技術の周辺にそれを生かそうとする人たちが集まっていくため、情報を中心にお金が回るようになる。その象徴がGoogleである。
・GIVE&GIVE
takeは求めない。自分のバリューは全部相手に知らせる。
・自分の価値の見出せない所はバッサリと捨てる
一つの分野に卓越した人は他の分野についても学びが早い。それは何かの分野で本質をつかむというスキルを身に付けているから。
仕事を引き受けすぎないこと/自分の価値が出せない仕事については断ることが大事
・情報は三段階
三段階で質が劣化するものの量は広がる
1、実体験に基づく情報を自分で整理して考えること
2、他の人の実体験に基づく情報をその人から直接聞くこと
3、他の人の実体験に基づく情報をメディアを通じて入手すること
その中でも2が重要である。定期的に情報交換したり、連絡を取り合うこと優秀な人を作るための最も重要なことは「自分自身が情報源として魅力的になる」である。
魅力的になる方法は
結果をだす / 肩書きを得る
・勝間流・読書投資法
1、対話しているつもりで読む
2、読む時間を決める、スピード重視
3、迷ったら買う
4、自分のテーマのアンテナを張っておくと自ずと必要な本が目に入ってくる
5、本は読んだら捨てる
「結果を出すか」で人間性が決まる
自分への嘘
自分の思い通りに行かないことが多い。もちろん、皆スターになりたいし、すごいと思われたいし、モテたい。そして、王道を歩こうとする。東大に行きたいとか、一流企業に行きたいとか。でも、人気のある所は簡単にはいけない。無論、失敗する人の方が多い。
ここからが人間の面白い所。ストレスをなくすため自己正当化のために、自分は行けなかったが今の自分の道が一番だと思いたがる。時には自分に対しての一種の嘘をつき、それを真実だと思い込む。それがその人の真実となる。勿論、そこで出会う人と友達になることが多いので、皆ここの生活が一番だと思いこむ。
これが覆される瞬間がある。それは、他のコミュニティとの付き合いである。facebookであったり、同窓会であったり。そこで他の世界を知り、そこの生活が良いなと思ってしまう。これが一番怖いのだ。だから、次第に成功してる人しか会えなくなる。
これが孤立であり外の世界を見れなくなり、内側しか見れなくない状態である。失敗する人は普通はこうなる。こうなってしまうと、小さい手しか打てない。自分に自信がない状態を隠しているにすぎないからだ。
これが自分のしたいこと・正確が自分で見えづらくなる1つの理由ではないかと思う。
アレハンドロ・アラヴェナのエッセイ「価値ある仕事を探して」を読んで (wired 2016,9)
建築家というものが何かは分からなかったが、数学、美術の成績が良く、美術だけで食べていく自信がなかったので、建築家を選んだ。
大学院修了後、建物を直に見て、採寸し、図面を描き、直接的に建築を体験していく中で、何となく建築というものがわかり始めてきた。
個人的なプロジェクトでひどい施主に連続であたり、人として尊敬出来ない誰かの為に自分の貴重な時間を費やす価値があるとは思えず、建築を離れた。
ハーバードで教える機会ができ、かつ、公共施設を建てる計画があったので、公共性や社会性を深く考えるようになった。このことには3つ理由がある。
・戦略の必要性
チリが貧しく必要性以上の選択肢が殆どない国から来た建築家として、豊かで多様な選択の可能性が満ちている国という環境において、「別の可能性があること」をテーマにすることに価値があると感じた。そういう意味では、チリのような国で学ぶことにも貧しさという現実が常に恣意性のフィルターとして有効に働いてくれるという利点がある。
・無知への羞恥心
様々な立場な人と話す機会で建築家でありながら、チリの住宅政策に関して議題に割り込むだけの知識も理解もなかった。それ以来、自分の立場を生かし、政治や社会など建築外の事柄への理解を深めて、常に貢献できる機会を逃さないための準備をすることを意識するようになった。
・ソーシャルハウジング
当時、この分野は過剰に人道的視点や倫理的価値観などに支配されていた。しかし、慈善は本質的には変えてくれない。必要なのは、ビジネスとして創造性を発揮しようとする意識。建築家だからこそ、専門職として仕事として変えられる価値がないかと考えた。建築家に対する社会一般的な態度とは「建築家は無駄に使えるお金がある時に雇うものだ。機能的なプロジェクトには建築家は雇わないほうが良い」である。デザインとは、価値を生まずコスト削減を助けないという理解。これは、建築が社会の中で機能ではなく、文化的なこととして理解される傾向によるところが大きく、つまり文化は現代社会で基礎的な必要とは理解されていない。だから、大きく重要な問題は国家的な問題は得てして建築を避けようとする。
中国でつくる / 松原弘典 / ★★
肩書きで対応を変えるって、かっこ悪くない?
中国の超一流設計事務所で働いていたときは、凄く自分に自信があって、誰にでも会いたかった。でも、そこを出ると、人に会うのが嫌になる。
それって、すごく格好悪くない??
経歴、肩書きが変わっても自分は自分。むしろ、そこに行って戻って来たのだから、少なくとも実力は上がっているはず。なのに、肩書き如きで自分の自信を喪失したことになる。なんじゃそりゃ。肩書き、合否は変わっても、自分の実力は変わらない。結果がどうだろうが。ださいよ、そりゃあ。でも、自分は自分と堂々とするのが精神衛生上も人間関係上も一番良いよ。どんな時でも。