アレハンドロ・アラヴェナのエッセイ「価値ある仕事を探して」を読んで (wired 2016,9)

建築家というものが何かは分からなかったが、数学、美術の成績が良く、美術だけで食べていく自信がなかったので、建築家を選んだ。

大学院修了後、建物を直に見て、採寸し、図面を描き、直接的に建築を体験していく中で、何となく建築というものがわかり始めてきた。

個人的なプロジェクトでひどい施主に連続であたり、人として尊敬出来ない誰かの為に自分の貴重な時間を費やす価値があるとは思えず、建築を離れた。

ハーバードで教える機会ができ、かつ、公共施設を建てる計画があったので、公共性や社会性を深く考えるようになった。このことには3つ理由がある。

・戦略の必要性

チリが貧しく必要性以上の選択肢が殆どない国から来た建築家として、豊かで多様な選択の可能性が満ちている国という環境において、「別の可能性があること」をテーマにすることに価値があると感じた。そういう意味では、チリのような国で学ぶことにも貧しさという現実が常に恣意性のフィルターとして有効に働いてくれるという利点がある。

 ・無知への羞恥心

様々な立場な人と話す機会で建築家でありながら、チリの住宅政策に関して議題に割り込むだけの知識も理解もなかった。それ以来、自分の立場を生かし、政治や社会など建築外の事柄への理解を深めて、常に貢献できる機会を逃さないための準備をすることを意識するようになった。

・ソーシャルハウジング

当時、この分野は過剰に人道的視点や倫理的価値観などに支配されていた。しかし、慈善は本質的には変えてくれない。必要なのは、ビジネスとして創造性を発揮しようとする意識。建築家だからこそ、専門職として仕事として変えられる価値がないかと考えた。建築家に対する社会一般的な態度とは「建築家は無駄に使えるお金がある時に雇うものだ。機能的なプロジェクトには建築家は雇わないほうが良い」である。デザインとは、価値を生まずコスト削減を助けないという理解。これは、建築が社会の中で機能ではなく、文化的なこととして理解される傾向によるところが大きく、つまり文化は現代社会で基礎的な必要とは理解されていない。だから、大きく重要な問題は国家的な問題は得てして建築を避けようとする。